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2022年9月26日月曜日

陣馬山ー高尾山

きょうは陣馬山から高尾山の縦走に行きました
このコースにはいまから53年前の5月に兄と来ました
それまで私は丹沢の大山にしか登ったことがありませんでした
兄が友人から「良い山だよ」と聞いたので登りに来たのでした

再びやって来た陣馬山の景色はあの日と同じように気持ちのいいものでした
この景色に半世紀前の自分も間違いなく感動したのです
陣馬山山頂からの富士山
京王電鉄が寄贈したというこの白いウマの像の記憶がありません
陣馬山山頂の白いウマ
それもそのはずです
この像が建てられたのは昭和44年9月でした
わたしたちが登ったのはその年の5月3日でしたから
白いウマの基壇にあったプレート
陣馬山から高尾山にかけての道はアップダウンが少なくて歩きやすいです
陣馬山山頂から大菩薩嶺を望む
景信山から見た丹沢山塊
50年後にまた来られたらいいなと思いました


2020年3月18日水曜日

三毳山(みかもやま)

早春の花を見に三毳山へ行ってきました

カタクリ
樹下のカタクリ畑
タチツボスミレ
アズマイチゲ


ニリンソウ

ミツバツツジ

イヌザクラ

シュゼンジカンザクラ



2018年8月1日水曜日

2018年8月1日 あそぶ:山遊び アポイ岳

鵡川から日帰りでアポイ岳に登りに行った

海沿いに走って登山口に着くと人気が全然ない

あちらこちらに熊に注意の看板が立っている


深い森の中を歩いていくと小屋があった

そこで初めて人に会う

さらに登ると珍しい花が生えていた

アポイ・・・という花だろう

山頂近くなってようやく海が見えてきた

山頂からは視界は無かった

かえり植物の監視をしている高齢の男性と話をした

地味な努力をしている人がいてこの山の珍しい植物は守られている

苫小牧まで戻りフェリーに乗って家に向かった


2016年4月13日水曜日

2016年4月13日 あそぶ:山遊び 塔ノ岳バカ尾根


今年の夏にサイケンとサクラギを誘って五竜岳と鹿島槍岳に登ろうと思う

神城山荘のある遠見尾根から登るので厳しい山登りになる

そこで事前にトレーニングをしておくことにした

高校生の時も夏合宿に備えてボッカ訓練したように

荷物はたくさん背負わないが自分の体を運ぶだけでも大変な爺さんになった

車で行く

渋沢駅で二人を拾い大倉まで行きバス停近くの駐車場に車を置く

こんなに大きな駐車場ができたんだ

小さな荷物を背にしずしずと歩き始める

取り立てて不都合なことはない

道の脇に鹿よけの金網が目立つくらい

堀山を過ぎて急な登りに入る

ようやく足の動きが鈍ってくる

赤土の斜面は新しく階段になっている

多くの人の協力でそれが完成したことが記録されている

まだ春先なので山小屋は閉まっている

花立山荘も戸を閉ざしていた

誰もバテずに登り続ける

鍋割山への分岐から山頂までの階段が長い

ここは笹藪の中を行く道だったと記憶していた

今は笹が無いすっきりした道になっている

鹿が笹をみんな食べてしまったのかな

山頂には人が沢山いた

富士山は見えなかったと思う

代わりに表尾根でハンググライダをしているのが見えた

えっ!

ガスでパスタをゆでて食べている女性組

ここにきてようやく時代は変わったのだと思う

下りで堀山のあたりに桜が咲いているのを発見

登りでは気がつかなかった

そこで記念撮影した

渋沢駅で別れた

 

2013年4月28日日曜日

2013年4月28日 あそぶ:山登り 堂平山(876m)


去年2月から久美ちゃんに膝痛が出た。登山もサイクリングもできず、恐る恐るリハビリしていたが、ようやくこの頃サイクリングは再開したが登山はまだだった。今年も花のシーズンが近づいて来たので、小さな山に登って様子を見てみることにした。行ったのは外秩父の堂平山。低いが関東平野の見晴らしが良いという。

郭町から来るまで5時半に出発し、白石橋の少し上流に6時半過ぎに着いた。(標高400m)そこに車を置いて、入念に準備体操をしてから7時に出発した。杉林の中を登り七重峠で車道に出た。(695m)たしかに眺めが良い。広葉樹の稜線を少し歩き、8時過ぎに天文台のある堂平山の山頂に着いた。富士山が白い頭だけ見えている。京都の垂ちゃんと厚木の波ちゃんに電話した。

稜線を歩き、サイクリストが休んでいる白石峠に9時に着いた。杉林の中を下り。車を置いたところに10時に着いた。まだ3時間も歩いていない。久美ちゃんの膝に用心し過ぎたきらいもあるが、控えめにしておいて正解だろう。

それから来るまでふれあい牧場に行き弁当を食べ、郭町に12時半に帰り着いた。


2011年10月8日土曜日

2011年10月8日 あそぶ:山登り 金時山(1,213m)


秀夫さんの1周忌で、みなさんと神奈川大学の仙石原保養所へ行った。一泊した翌日に、皆さんは小さな博物館にアクセサリー作りに行くというが、わたしは興味が無いので近くの金時山へ行った。

保養所から金時山の登山口まですぐだ。保養所を9時に発って、箱根の外輪山上である矢倉沢峠に9時半過ぎに着いた。天気が良く、目指す金時山も良く見える。少し休んだ後登りはじめると、上からつぎつぎ人が降りてくる。こちらから登って行く人も多い。山頂に着くと沢山の人がお弁当を広げていた。金時娘(当年78歳)は健在であるが、撮影不可とのこと。

軽く昼食を食べる。富士山は雲の上からほんの少しだけ頭を出している。

下山は混んでいる矢倉沢峠方面を避け、乙女峠へ向かった。低樹林帯を降りていくと、Tシャツでも汗ばむようだ。乙女峠を過ぎ、杉林を抜けると、渋滞の道に出て、そこから保養所まではすぐだった。


2005年8月28日日曜日

2005年8月28日 あそぶ:山登り 白毛門沢


 家族で行った西表島では、浦内川を遡り、堂々と落ちる滝を見た。沢登りの快感を渉にも知ってもらいたいと思い連れていった。白毛門沢に決めたのは、アプローチが短く、適当な登攀難度の滝が連続し、源頭からの眺めが良いからである。

 車で関越道を行き、東黒沢が湯檜曽川に合流する地点に車を置く。天気は曇りで、雨が降ってこなければいいが、と思う。東黒沢の歩き出しは河原で、水量が多い。何度か屈曲し、水量が少ない白毛門沢が左から合流する。沢にはナメ状の滝が連続する。初心者を連れていると、ザイルを出すかどうか迷う程度の難しさの登りだ。

 沢のツメが思いのほか早く現われた。視界があまり効かない草付の斜面を白毛門目指して登る。稜線に飛び出しても、視界は良くないままだった。そこで昼飯を食べて。南に向かう急な尾根を下る。この尾根の標高差は1000mほどあって、車を置いたところに着いた時には、膝がガクガクになっていた。渉は何も言わなかったが、わたしは帰ってから数日膝が痛かった。


2005年5月4日水曜日

2005年5月4日 あそぶ:山登り 雲取山(2017m)


こどもの日あたりに登山に連れて行くので子供たちから顰蹙をかっている。そんなことは気にせず、今回は本格的に雲取山に登ることにする。

家から車で三条の湯へ。奥多摩湖からの未舗装の林道を、いつものように乱暴に走っていくと、右後輪がパンクした。

スペアタイヤに交換してまた走り、林道の終点に着く。(標高950m)そこに車を置き、三条沢に沿った道を登り、三条の湯の山小屋に着く。

小屋の前の清水で喉を潤してから、雲取山に直接登る道へ入る。この辺りの地形は急峻で、ほとんど平坦地が無い。登山道もザレた箇所をたびたび通る。

波と垂が転落するのを防ぐため、わたしと久美ちゃんの近くをひとりづつ歩かせる。

みんな元気よく登り、予定どおりの時刻に山頂についた。

良い天気で風もなく、富士山が見える。

下りは登り以上に慎重に歩く。身体よりも神経の疲れた山行だった。

雲取山山頂


2005年5月1日日曜日

2005年5月1日 あそぶ:山登り 鎌倉アルプス


GWは雲取山へ家族で行こうと計画している。そのトレーニングということで、まずは鎌倉へハイキングに行く。

電車好きの波垂のために、京浜急行と横須賀線に乗れる金沢文庫から天園・鎌倉のコースにする。

金沢自然公園から大平山、明月院、北鎌倉と歩いた。天気がはっきりしなくて、今ひとつだった。


2003年8月4日月曜日

船形山(中止) 2003年8月4日

 

 この6月に亡くなった母の法事で田舎へ帰った際に、家族で船形山へ登ることをたくらんだ。いつまでも気落ちしているのは嫌なので、自分が元気なところを親戚のみんなに見せたかった。

 ところが当日はどうも天気の具合が良くない。それでも、登山口への林道を、自衛隊の演習地を抜けて、ステップワゴンで延々と登って行った。

 登山口に着くと、雨は小降りになっていて、なんとか登れるかなという様子だった。

 行けるところまで行ってみようと、歩き出して30分も経たないうちに、雨が本降りになってきた。これですっかりあきらめがつき、今回は中止とした。


2003年5月5日月曜日

武甲山(1304m) 2003年5月5日

 

月に一度、家族で登山をしたいと思う。先月は失敗した。こんどこそは楽しく思い出深い山登りにしたいので、じっくり考え、大きな山、武甲山を目指す。

武甲山は川越の街からも特徴的な山頂が遠望できる。

北側は石灰岩の採掘のために削り取られ、昔の頂上も残っていない。三角点も移動させられて1295m地点にある。しかし、秩父盆地を見下ろすように立つ名山であることに変わりはない。

今回は登山口までのアプローチが比較的長いので、家から自動車で行くことにする。電車を使わないのが気に入らないらしく、波は「なんでこどもの日に登山なんてするんだ」、と不平を言っている。

横瀬から生川に沿って、石灰岩を搬出するためのダンプが行き来する山道を、標高約520mの登山口まで行く。そこに自動車を置き、準備体操をして出発する。

生川沿いを歩き、標高約700m地点からつづら折れの山道になる。ところどころ杉の大木がある。こどもたちは、喜んではいないにしろ、疲れたふうもなくどんどん登る。

標高1000m付近で道は北西に、山頂に向けて登る。道端に咲く草花の種類が多くきれいだ。山頂直下で道は左にトラバースし、南の小持山から来る道と合流してすぐ山頂に着く。

あいにく曇っていて、山頂からはときおりふもとが見える程度だった。神社の前で昼飯を食べ、来た道を元気よく下った。


2003年4月6日日曜日

蓑山(582m) 2003年4月6日


 蓑山(ミノヤマ)は秩父盆地の北東辺に位置する低山である。秩父鉄道の皆野駅から登り、頂上で桜を楽しんでから、黒谷駅へ下山するルートで行くことにした。

川越の桜はとうに終わったが、秩父の山ではまだ咲いているだろうと思った。それで、もう1回花見をしに行くのもおつだし、電車に乗っていくということになれば、子供はみんな喜ぶ、と思った。このちょっとした思いつきが、結構大変なことになろうとは思わなかった。

 皆野から登山口へ至る麓の道は迷うところはなかった。しかし道が樹林の中に入り、ザラメ雪に覆われてくるようになると、どちらへ向かって良いか判然としなくなった。積雪は意外なほど多く30センチほどある。

迂闊なことに、雪が残っていることを全く予想していなかったので、わたしはスニーカーを履いてきた。妻や子供たちも同様である。幸い日差しが少しあったので、なんとか我慢してこのまま頂上まで行くことにした。難儀しながら登って行くと、ようやく山頂付近が見えたが、もう靴はビチョビチョに濡れて足が冷たい。

 たどりついた山頂は桜の花どころか一面雪の原だった。

 展望台で少し休んだ後、舗装道路を下山し、黒谷駅まで歩いた。遅い昼飯として、駅前の店でトンカツを食べたが、これが思いのほか旨かった。

 高校2年生の時に、山岳部の春休み合宿で、雲取山から甲武信岳への縦走を計画した。主稜線に出てみると思いもかけぬ深雪で、ワカンを持たないわたしたちは歩行に難渋し、甲武信岳のずっと手前の雁峠で縦走を断念し下山した。その当時わたしは山岳部のキャプテンになったばかりで意気込んでいたのだが、最終目的地まで行けなかったこの山行の失敗で相当落ち込んだ思い出がある。

 あれから30年後に、また同様の失敗を犯してしまった。ああなんとわたしの成長の緩慢なことよ。


2003年1月13日月曜日

破風山  2003年1月13日

 

 またもや家族で近場に自動車で登山に行く。

低山とはいえ真冬なので、長靴を履いてでかける。温泉の駐車場に車を置いて、民家の裏道のような登山道を登って行く。ところどころ陽だまりがあり、ヤブコウジが赤い実をつけている。頂上からは町が見下ろせ、昼飯を食べているとお昼のサイレンが麓に響いた。


2002年5月5日日曜日

嵩山(タケヤマ)789m  2002年5月5日

 

 こどもからあまり歓迎されないハイキングにこどもの日に出かける。

 行先は群馬県の中之条町の裏手にある嵩山である。この山ではこどもの日に嵩山まつりというのがあって、山の上から登山口まで、ワイヤーロープで100匹の鯉のぼりを泳がせる。

登山口に近づくと、それが見えてきた。豪快な眺めである。駐車場に車を置いて、主峰である大天狗目指して登って行く。沢山の子供連れが登っている。大天狗への道は岩場になっていて、多くの人でごったがえしていた。山頂での景色を楽しんでから、来た道に戻り、中天狗へ向かう尾根の途中で昼食を食べる。

 そこから中天狗を越えて登山口に降りた。

 子供を連れてくるのに向いた面白い山だが、今日は人が多すぎた。


2002年4月6日土曜日

琴平丘陵 2002年4月6日

 

ハイキングに行こうということになり、電車で秩父の琴平丘陵に行くことに決めた。

西武秩父の駅から、街の中を羊山公園へ向かう。羊山公園へはシバザクラを見に来たことがある。公園の中を南へ向かって通り過ぎると、ゆるい登り道が琴平丘陵へと導いていく。大きな登りがあるがみんな元気に歩く。398m峰に着き、昼食を兼ねてしばらく休む。

その後はアップダウンを過ぎて修験道の岩のある尾根に出る。そこから崖際に建てられたお堂を通り、観音様のある見晴らしの良いところになる。もう影森の駅も見える。

急な坂道を下り、湧水のあるお寺の脇に出て、そこから影森駅まで市街地を歩いて行く。


2001年8月17日金曜日

妙高山高谷池(2,100m) 2001年8月17日

 

今年の夏は涼しい所へ行ってキャンプをしようということで、妙高山麓の笹ヶ峰キャンプ場へ行く。キャンプ場は、なだらかな斜面の灌木帯にあった。乙見湖やその向こうに聳え立つ天狗山の景色がきれいだ。素敵なキャンプ場だ。

標高約1,300mのそのキャンプ場の近くから、妙高山の南側を登る登山道が始まっている。それを辿って火打山(2,462m)まで往復しようと思った。

歩き出しは、キャンプ場の延長のような、傾斜の緩い灌木帯である。黒沢を渡ると、急な山腹をつづら折りに登る道になる。尾根に出ると1,790m地点だ。そこから尾根伝いに登り、黒沢池ヒュッテへの道が右に分かれるあたりが富士見平であるが、全くの平坦地ではない。さらに登って黒沢岳の西側を水平にトラバースしていく。その道を山に沿って左に曲がっていくと高谷池だ。ヒュッテのまわりでたくさんの登山者が食事をしている。

渉は言うまでもないが、波も垂も元気に歩いているので、火打山まではあと一時間ほどで着けるように思った。しかし、あまり無理はしないで、ここから下山することにした。ヒュッテのベンチで昼食をとったあと、おしゃべりしながら下山した。


2001年7月8日日曜日

八間山(1935m) 2001年7月8日

 

関越道を北へ向かい、渋川伊香保ICで降りる。そこから長野街道を長野原まで行く。そこから北に谷を遡り、野反湖を望む駐車場に車を置く。駐車場の標高は1,570mほどで、八間山へは尾根道を登り標高差は350mほど。浅間隠山に登ったときとほとんど変わらない。

 雲の多い天気で、やや蒸し暑い。

 尾根を登って行くと、道端の砂礫にコマクサが咲いている。地元の中学生が面倒を見ている、と立札に書いてある。

 山頂へは訳なく着いた。良い展望を期待していたが、ほとんど何も見えない。昼の弁当を食べて、早々に下山する。

登ってきた道を下るのはつまらないので、北西にある湖岸をめがけて下る。下り切ると、湖岸から少し離れた所につけられた舗装道路に出る。その道を南下する。最後は湖岸に下り、ニッコウキスゲの群落の中を歩く。見ごろは過ぎていたがきれいだった。

 帰りがけに尻焼温泉に寄り、わたしと波垂の3人で共同浴場に入った。

共同浴場は良かったのだが、そのあと波垂は、すぐ向の河原の露天風呂に行った。河原をあちらこちら歩き回って、危ないことこの上ない。わたしは素っ裸なので追いかけられない。なにしろ河原には水着姿の女性がたくさんいて、こちらをじっと見ている。女性の裸を見るのは好きだが、こちらの裸を見られるのは苦手で困った。


2001年4月29日日曜日

浅間隠山(1757m) 2001年4月29日

 

3年前に佐渡のドンデン山へ行ったきり、しばらく家族で山に登っていなかった。それで、近場の山へ行きたいと思い、自動車で行ける山のガイドブックを買った。その中にあって興味をひかれた浅間隠山へ行くことになった。

浅間隠山という山名の由来は、浅間隠山の名前は、中之条や東吾妻方面からみると、浅間山を隠してしまうことからつけられたとされている。 この山へのアプローチは、関越道を前橋まで行って一般道に降り、草津街道から県道を登り、2度上峠の手前の道端に車を置く。そこが登山口で、すでに標高が1,350mほどある。山頂までは、標高差400mほどの登りだ。

登山口から沢状の林の中を登って行くと、すぐに平坦地に出る。そこを過ぎると急な登りになるが、訳なく山頂の南東側にのびる尾根に出る。そこから山頂へは間もなくである。

山頂からの眺望はとても良いとガイドブックに書いてあったが、雲が出ていて周囲の山は、浅間山の方向だけを除いては、良く見えなかった。

帰りは駆け下りるようにして下り、あっという間に駐車した登山口に着いた。

波と垂も体力がついたので、この程度の山登りなら、力が余るほどである


1998年8月11日火曜日

ドンデン山(934m) 1998年8月11日

 

家族でしばらく登山に行っていない。波と垂がまだ本格的に山歩きができなかったし、一入亭のことでわたしも気がとられていた。今年の夏は、田麦山へ行ったついでに、佐渡まで行って、ドンデン山に登り、日本海で海水浴をしようということになった。

田麦山の草刈りをしてから、佐渡汽船に乗って両津に着く。両津港から車でドンデン山をめがけて道を登って行く。ツヅラ折れの山道をどんどん登って行くと道端にドンデン山荘があった。標高はもう900メートルぐらいあり、山荘の裏山がドンデン山である。今夜はここに泊まる。

 翌日ゆっくり朝食をとってから、ドンデン山の先のドンデン池まで行ってみる。波も垂もなんとか自分で歩ける感じで、放牧の牛が遊んでいる池まで行った。すっきりと晴れておらず、靄っていたので、遠景は良く見えなかった。


1996年9月15日日曜日

顔振峠 1996年9月15日

 波と垂が生まれたのと、仕事が忙しかったのと、田麦山の改修にあれこれと時間がとられ、しばらく山に登っていなかった。どこかへハイキングへ行こうということになり、アクセスの良い顔振峠へ行く。

 波垂は歩けるようになってはいるが、ハイキングはまだできないので、わたしと久美ちゃんがひとりずつ背負って登った。こうなると、ハイキングもとても良い運動である。

稜線の見晴らしの良いところで大騒ぎをしながら昼食をとり、来た道を下った。