北西の風が徐々に強くなり舟が前に進まないほどになったので午前で中止した
2016年4月29日金曜日
2015年4月4日土曜日
2015年4月4日 あそぶ:水遊び 船頭 新河岸川氷川神社裏
今年から小江戸観光協会が春の舟遊を管理することになった。大きな違いは整理券を発行し、昼の12時から夕方6時まで時間帯指定で舟に乗れるようにしたこと。また、これまでは船に乗る際に靴を脱がさせていたが、今年からは土足で乗れるようにし、舟には椅子を置いて定員を守るようにした。
この結果、船頭はこれまでよりも舟を漕ぐことに集中できるようになった。
以前は、舟に乗ることを希望する人の長い行列ができた。このため船頭はその行列を気にして、なるべく多くの人を早く運ぼうと焦る気持ちがあった。そのために船頭同士が諍いしたり、あわて川に転落する船頭も二年に一人ぐらいいた。それに、舟には靴を脱いで乗ることになっていたために、乗客が靴を脱いだり履いたりするのに時間がかかっていたが、これが無くなってスムーズになった。
このように改めたことによって、客の満足度が高まり、また前よりも多くの客を乗せられたのであれば、管理方法を改めたことは成功だったといえるだろう。はたしてどうだったのか。
さて、今日の昼過ぎに波が新河岸川にやってきて、わたしの写真を撮ってくれた。わたしが元気にしている様子を写そうと思ったのだろうね。夜、家に帰って波に、「船頭が足りないので、来年は波も来年は船頭をやらないか」、と誘ってみたところ、「やる」、という。垂や渉は二つ返事で「やる」、とは言わないだろうな、と思った。
2012年4月1日日曜日
2012年4月1日 あそぶ:水遊び 船頭 田谷堰と氷川橋 3往復漕ぐ
9時半に北公民館へ行き、10時から練習を開始した。前回は二年前なので、もう漕ぎ方を忘れている。すこしやって思い出した。今回は田谷橋の下流側と氷川会館の裏手に、志木河岸の整備と同様に県の予算でできた新しい乗り降り場の間を使って乗船してもらうそうだ。
わたしは田谷橋側の担当になった。相方の船頭は斉藤さんである。穏やかな人なのでいい。乗せる要領は、まず田谷橋で客を乗せ氷川神社裏で降ろし、新しい客を乗せて船頭も代わり田谷橋に戻ってくる。ところが10時半に乗船が始まると、Sは体調が良くなく漕げないという。仕方ないので往復ともわたしが漕いだ。結局15時半で終了するまでに3往復をひとりで漕ぎ、けっこう疲れた。
それにしても氷川神社側には口うるさい船頭が集まってしまって、休み時間に不平を言っているものが多かった。
2009年3月29日日曜日
2009年3月28日、29日 あそぶ:水遊び 船頭 新河岸川氷川神社裏
今年は新河岸川の観光舟運を氷川神社裏の誉桜付近でやることになる。川越市自治会の演芸大会とセットにしたためだ。
初日は昼からで、4往復船頭をした。
2日目は朝から夕方までで7往復した。
1度気を抜いてしまい、船を岸に接触させてしまった。
2008年11月2日日曜日
2008年11月2日 あそぶ:水遊び 船頭 新河岸川・濯紫公園付近
昨年春から川越市の観光舟運というイベントの船頭ボランティアをはじめた。
新河岸川の濯紫公園付近で10人乗りほどの和船を2艘浮かべ、だれでも無料で乗れる。
船頭はその船を竿であやつり、往復200メートルほどのコースを漕ぐ。1艘に船頭が前後に乗り、後が漕いで、前は岸に衝突しないよう見張る。これを1日に10回ぐらいやる。
結構な人気で、順番待ちの長い行列ができる。行列し始めてから乗るまでに1時間以上待つ人もいる。
昼には弁当と豚汁が用意される。
終了後はボランティアだけで船に乗る。岸の木々の葉が色づいているのがきれいだなと思った。
1995年8月23日水曜日
佐渡 1995年8月20日~23日
夏の田麦山は、休みをまとめて取れるお盆休前後がいい。
今回は久美ちゃんの母親の絢子さんと、1歳になったナミタルも一緒に行った。葺き替えられた茅屋根を見てもらい、雁木を撤去し、そこにサッシを入れ、ついでに佐渡まで行って海水浴までしようという計画だった。
田麦山で茅屋根の見事さに一同感心する。
それから、レガシーの屋根の上に荷物を積んで佐渡へ向かう。
新潟からはフェリーに車を乗せ、佐渡まで船の旅を楽しむ。
両津に着いて、さらに佐和田まで走って、予約してあった旅館に泊った。海水浴場の水が汚く、部屋も料理も良くなかったので、ここに泊るのは一泊だけにして、大佐渡の北側の関というところへ行く。
途中、北田ノ浦の「赤ちょうちん」という食堂で食べた納豆ラーメンが美味しかった。
関の海府荘という国民宿舎は、木造平屋だがきれいで、眺めがよく、料理もおいしかった。料金も高くないので大満足した。海岸は砂利が多く、遠浅ではないが、家族で海水浴を楽しんだ。