1992年5月16日土曜日

マウント・フッド(3,429m) 1992年5月16日

 ポートランドの市街から眺めるマウント・フッドは、富士山に似ていると大方の日本人が言う。しかしわたしは、むしろ利尻山に似ていると思う。森林限界からいくつかの急な山稜を従えて、ギザギザした山頂を聳えさせている様子は、おおらかな富士山よりも、北の峰利尻山に共通点が多い。

一緒に登ったメンバーは、ポートランド州立大学のキリスト教系のボランティアグループの人たちで、わたしと同じ30代後半の男性だった。わたしが山好きだと知って、誘ってくれたのだ。結構慎重な人たちで、山頂を目指す1週間前にマウント・フッドへ出かけ、トレーニングをするという。メンバーと知り合いになるのもいいことだと思い、久美ちゃんと渉も一緒に出かけた。

さて、登頂の前日はマウント・フッドの麓にある貸別荘に泊る。木造の山小屋で、いい感じだったが、その日は少々蒸し暑かった。

翌日中腹まで車で登り、駐車場に車を置く。(3:30)そこから標高約2,100mのゲレンデ最上部まで雪上車で登る。サマースキーのリフトがここまであり、9月まで運転するそうだ。まだ暗いが登攀を開始する。(4:20)ここから山頂まで標高差900mほどの登攀である。氷河のクレバスの過ぎると、Hogbackという山稜があり、そのあと山頂直下に至るまで部分的に斜度50度ほどの氷雪壁があるので、ピッケル・アイゼン・ロープが必要である。この部分では順番待ちだった。(7:30-8:30)

マウント・フッドの山頂は快晴だった。(10:30-11:45)マウント・レーニアをはじめワシントン州、オレゴン州の西海岸の高峰が1望できた。5月中旬はこの山に登る最高の日とのことで、ルートは順番待ちの盛況であったる、アメリカでも最も人気のある高峰である。

わたしたちのメンバーの中に1人だけ、本格的な山登りが初めて、という人がいて、その人にあれこれと登攀技術を教えながら登ったため、結構時間がかかった。下りは歩いて駐車場まで向かったのだが、その途中、スキーのゲレンデの急な部分でその人が滑落し、100mほど流された。幸い傾斜が緩んで自然に停止し、ケガはしなかったのだが、その人は大変ショックだったようで、登頂の喜びもうせ、すっかり落ち込んでしまっていた。駐車場に着き、ラジオでポートランド・トレイル・ブレイザーズの戦況を聞きながら帰った。(14:30)