1992年11月28日土曜日

マウント・バチェラースキー場 1992年11月27日、28日

 大学院の秋学期の勉強も終盤に差し掛かったところで、感謝祭の休日があった。それを利用して、家族でスキーへ出かける。

ポートランドからマウント・フッドの南側を抜けて、ワーム・スプリングスを通り、スミス・ロックで大休止する。ここの岩場は、フリークライミングで世界的に有名になったので、久美ちゃんにも見てもらう。渉にもガケ登り程度の初めての岩登りをさせる。

スミス・ロックからベンドの町を抜け、マウント・バチェラー・スキー場へ登る途中の、セブンス・マウンテン・リゾートというロッジに泊まる。ロッジと言っても、総定員は500人ぐらいはありそうな大きな宿泊施設だ。木造の建物で部屋はとてもゆったりした山小屋風の造りだ。夜の食事は感謝祭メニューでたっぷりグレービーのかかった七面鳥を食べた。

マウント・バチェラーはこの夏休みに家族で麓を散策したブロークントップという山の南側にある独立峰の火山で、山の北側がスキー場になっている。

渉には生まれて初めてスキーを履かせて森の中を歩かせた。

ゲレンデは適度な傾斜で変化もあり、見晴らしが良くて楽しかった。


1992年11月14日土曜日

ビーコン・ロック 1992年11月14日

 今年の8月にジョンとビーコン・ロックへ岩登りに行ったとき、ときおり岩場のすぐ下を貨物列車が通過して行った。それを鉄道好きな渉に見せようと思って、ビーコン・ロックの頂上往復のハイキングへ行く。

駐車場に車を置いて登りかけると、ビーコン・ロックを時計と反対周りに登る桟道になる。気温が摂氏10度を少し越えるぐらいで、時より強い西風が吹くので、小さい子を連れたハイキングには不向きな日だ。それでも「登ると貨物列車が見えるよ」と渉に話しかけながら、岩場に掛けられた道を登って行く。

山頂からはコロンビア川が流れている様子がよく見えた。山頂まで上がると列車が走る様子が見えた。ジョンと来た時は岩場の下部から列車を見たので、結構な迫力だったのだが、山頂からは小さく見えた。渉は文句も言わずに見ていたが、吹き付ける強い風が寒いようだった。昼飯もそこそこに、岩場の道を慎重に下山した。


1992年11月6日金曜日

マウント・フッド 1992年11月6日

 6月にジョンとマウント・アダムスへ行った後、8月にビーコンロックへ岩登りにも行った。その後次にいつどの山に登る山か、何度か話をした。ところがわたしは大学院の勉強が、ジョンは仕事や家のことが忙しくて、なかなか話がまとまらない。そうこうしているうちに秋が来てしまった。それじゃもう次は冬山にしようということになった。行先はマウント・フットのイルミネーションロックを通過するリッジのルートである。マウント・アダムスを登った時の様子では、ジョンは冬山の経験がほとんどないようだったので、いきなり冬山の、それもバリエーションルートは厳しいのではないかと思った。それで、本番前にトレーニングや偵察の山行をすることにした。

その時マウントフットに積雪があったのか、どんな偵察やトレーニングをしたのか、今(2012年10月31日)となっては覚えていない。