1990年1月28日日曜日

湯沢パークスキー場 1990年1月27日、28日

 わざわざ地味なスキー場に行く。それは渉とスキーを楽しみたいから。湯沢パークスキー場で、初めて渉をおんぶして滑る。リフトが支柱際を通るとき滑車がガチャガチャいって、ちょっと怖かったかな?


1990年1月15日月曜日

八ヶ岳遭難救助 1990年1月14日、15日

 日曜日に家で休んでいると、TSMCの佐藤泰さんから電話があった。三須さんが赤岳主稜で滑落したので、これから救助に行く。家にいるのなら一緒に来いとのこと。当然行かなければならない。

深夜新宿駅に集合し、わたしのレガシーも含めて、車3台に8人が分乗して、赤岳鉱泉へ向かう。途中美濃戸口でチェーンをつけ、美濃戸に午前3時半に着く。そこで1時間ほど酒を飲み、1時間ほど仮眠した。

ほとんど寝られないまま、7時に行者小屋に向けて歩きはじめる。情けないことに、歩き出して30分もすると、わたしの足はもつれだした。それもそのはず、前回山に行ったのは、丁度1年前の今頃、古谷雅子さんと留学生のスティーブと一緒に木曽御岳だった。救助隊のメンバーなのに、皆と一緒に歩けない。キジを撃つことにして、林の中で息を整えた。

道が深い森に入り、平坦地になったところで、三須さんが道路端に腰を下ろしていた。それほど悲壮感はないように見受けられた。実際には、救助隊が来てくれたことがとても嬉しかったそうである。

背負子を2台連結してタンカを作り、その上に三須さんを寝かせて6人で運んだ。沢沿いを通る道は狭く、運搬は難儀だった。そのうちに三須さんは「自分で歩ける」と言いだしたので、そろそろと美濃戸まで歩いて下った。

麓の町まで出て、大きな病院で診てもらったところ、膝のお皿が割れ、肩を骨折しているとのこと。命に別状がなかったのが何よりである。

眠い目を擦りながら渋滞の中央道を上り、与野の三須さんの家まで送っていった。


1990年1月4日木曜日

那須 1990年1月4日~6日

妻・長男

前回天神平へは恐る恐るだったが、今回は雪の上で渉を歩かせたり、そりにのせたりした。泊りは国民宿舎にしたが、温泉が広々として眺めが良かった。