1991年11月30日土曜日

富士山 1991年11月30日

 早朝新座を車で立ち、富士宮口5合目に8時に着く。雪が少ない。はるか上部に小屋が見え、そのあたりから雪がある。あそこは8合目だという。標高3,230m付近か。ともかくそこまで登らないと飲み水もないので、ザックに入りきらない荷物をザックにブラブラとぶら下げて、ザクザクの道を歩く。

富士宮口から富士山に登るのは初めてだが、吉田口に比べて風が弱く歩きやすい。3時間で8合目に着いた。ここにある診療所の一角が開放されていて風をしのげる。

天気がいいので、経験者はこれから山頂を往復することになる。9合目を過ぎるとさすがに雪が堅くなり、気が抜けない。慎重にステップを運び、お鉢に辿りつく。風を避けながらしばらく休み、往路をまた慎重に下った。

夜は超満員の小屋で宴会をやり、肩を寄せ合って寝た。

翌日の午前中は初心者に冬山技術を教えた。


1991年11月3日日曜日

子の権現 1991年11月3日

 足が丈夫になるようにと、子育てにご利益があるという子の権現に行く。今日は7回目の結婚記念日でもある。

吾野駅から車道を歩いて谷をつめる。渉は都会のコンクリート道は嫌いだが、山の急坂や階段は良く歩く。道が狭く急なつづら折れになると子の権現だった。まだきれいな紅葉が残っている。どこかの会社の健康組合の歩け歩け大会と鉢あってしまい、ごったがえしている。

子の権現から一投足で大きな夫婦下駄と鉄のワラジがある。久美ちゃんは渉と何かお願い事をしていた。そこから竹寺へ下り、バスで飯能に出た。


1991年11月2日土曜日

城ケ崎ファミリーエリア 1991年11月2日

 1年間執行委員としてつき合った職員組合も、今回の引き継ぎ合宿で終わる。そのしめくくりをフリークライミングで飾る。もっともまたブラザークラック(5.9)が登れなくて、結局この1年間何の上達も無かった。しかし、1年間が終って清々したし、次期の執行委員になる藤森や遠藤に頑張ってもらいたい気分だった。