1977年7月6日水曜日

ツヅラ岩

 昨年引っ越したばかりの下宿先が区画整理のため立ち退きになり、その補償金として20万円が貰えることになった。わたしはそれまで、自分が自由に使える金として、20万円もの大金を手にしたことは無かった。これはついているぞ、と思った。と同時に、このような幸運はわたしの人生で二度と無いかもしれないのだから、この金は絶対無駄に使ってはいけない、と思った。

 それでよくよく考えた結果、この金を飛行機代にしてヨーロッパアルプスに登山に行こうと思った。わたしが高校生だった時、山岳部の顧問だったM先生が、「いつかヨーロッパアルプスに行ってみたい」と言っていた。ヨーロッパアルプスはそんなに良い所なのか、と思った。


 わたしはここまで5回ほど夏に北アルプスの槍穂高連峰で山登りを楽しんできた。その「北アルプス」と同じように、あるいはそれ以上に「ヨーロッパアルプス」が素晴らしい所であるなら、ぜひそこに行って登山がしてみたいと思った。


 それで1976年の秋に磯工祭へ行ったときにMさんを訪ね、「来年の夏にヨーロッパへ行きませんか」、と申し出た。Mさんは驚いたが、行きたいのはやまやまのようだった。それで、わたし自身の希望は1977年の夏に行くことだと話した。しかし、Mさんはいろいろな都合で来年は無理だが、再来年、1978年の夏であれば行けるという。その夏わたしは4年生で、就職活動の時期なのだが、なんとかなるだろうと自分で勝手に決め、1978年の夏に行くことにした。


 Mさんとは今後打合せと準備山行を重ねることに決め、準備山行の第1回として奥多摩のツヅラ岩にロッククライミングの練習に行くことになった。


 武蔵五日市駅でMさんと待ち合わせる。千足にMさんは車、わたしはバイクを置く。ツヅラ岩へは「大岳山」というルート標識をたどり、登っていく。蒸し暑くて、たっぷり汗をかく。Mさんはかったるそう。1時間半ぐらいでツヅラ岩に着いた。


 1本目は左寄りのルートを登る。へんてこりんなルートで、途中に狭いトンネルがあった。テラスから上の部分のクライミングが気持ちが良い。Mさんはこの1本でもう十分という感じだったが、わたしはもっと登りたかったので、つき合ってもらう。


 2本目は岩の右下から左上するルートをトップで登ったが、途中でMさんから「やめろ」の声が出て、右へ逃げる。カラビナを回収しながらMさんがセカンドで登ってくる。


 双方、今日は所用があるため、午後1時にツヅラ岩から下山し、千足で別れた。

ツヅラ岩で