1982年8月21日土曜日

中川川悪沢

 TSMCには、コンペなるものがある。つまりは競技会で、わたしの好きな分野である。水泳、マラソン、フリークライム、スキーの4種目である。その水泳コンペが8月21日に予定され、その翌日は丹沢に沢登りに行こうということになった。

 わたしは、どのような訳か、自己顕示欲が他人より旺盛なようである。そのため、集団の中で自分を際立たせることができないと居心地が悪くなる。そして、落ち込んでその集団から離脱していくか、あるいは、自分を集団の中で目立たせようと必要以上に無理をしてしまう。どちらになるかはその時次第である。


 この悪沢(この名前も良くない)の沢登りでわたしは滝から滑落した。この事故は直接的にはわたしの力量不足によるものだが、力量を越えた試みをした原因はわたしの自己顕示欲の強さにあったと思う。TSMCに入会して半年ほどたち、会員の山登りの実力が大体分かった。そうすると、わたしは自分の実力が会のトップレベルであることを、会員に認めさせたくなった。新入会員の言うことに耳を貸さない古参会員に自分の存在をアピールしたかった。この沢登りに先立つ水泳コンペでは、わたしはあまりいい結果を出すことができなかった。そのことも手伝ってわたしは沢登りでは同行した会員に良い所を見せたい、という気持ちになっていた。数週間前に黒部川上の廊下をリードしたことが自信過剰の原因になっていたかもしれない。


 箒沢の先のテント場に21日の夜遅くにつき、それから夜が更けるまで酒盛りをした。それで沢登りに行く朝は二日酔いで頭が朦朧とし、支度するのに時間がかかった。天候はメンバーの顔つきと同様に、まったくさえない。


 目指す悪沢に入っていくとすぐにF2が現れた。誰がリードするか、という最低限の相談もしないまま、わたしはリードするつもりでさっさとザイルを腰に巻いた。自分のこれまでの経験から、この滝はリードできると直感的に判断した。


 Oにビレーを頼み、まず滝の右壁を左にトラバース気味に登る。滝壺から6、7メートルの登ったところであまり効いてなさそうなハーケンにカラビナをかけザイルを通した。さらに滝身へと左上していき、水流が間近になったところで、岩が脆くて危ないと感じた。手が届くところに花崗岩に似た色の岩があり、ホールドになりそうだった。しかしその岩は滝に密着しておらず浮いていた。それを掴んだわたしはバランスを崩し滝壺に滑落した。登る途中で支点を取ってあったのだが、支点から数メートル進んでいたことと突然の滑落だったことで、Oはわたしの落下を止められず、わたしは滝壺まで一直線に落ちた。


 わたしは一瞬なにが起こったのかよく理解できなかった。腰ぐらいの深さの滝壺にはまっていた。わたしは、みっともない、という気がした。すぐに立ち上がり、登攀開始地点に戻った。見ていた他の会員は、わたしが何か所か擦りむいたところから血を流していたので、気味が悪かったようだ。


 わたしは参っておらず、やっちゃったー、くらいのことを言って、再度トライした。さきほど滑落した箇所もなんということもなく通過し、滝身を左にトラバースして、左壁を直上した。登っている時は夢中だったが、滝の上に着くと、緊張でからだがこわばっていた。

 沢の上部ではルートを見失い、ヤブ漕ぎになった。半ズボンで来たわたしは、膝小僧の辺りが血だらけになった。


 下山した後、中川温泉の信玄の隠し湯に立ち寄った。滑落したときの傷に、湯がしみた。


 少しのことにも、先達はあらまほしきことなり


1982年8月11日水曜日

剣岳

 TSMCには「合同」というシステムの山行が年に数回ある。これはいわゆる「合宿」に近い山行形態である。しかしその根本精神は、合同と合宿では大いに異なる。合同は、参加者個々の主体性を尊重した山行の集合体である。個々がやりたい山登りを寄せ集めて、統一性のある山行に組み立てる、という点が集団での同一行動を前提とした合宿とは異なる。

 とは言っても、個々に違う好みを全部実現しようとすれば、行先がばらばらになってしまう。これではもし山行中に遭難が起きた場合、会として救助体制をとることが困難になる。会員が遭難した場合、会が自力で救助することをTSMCは原則にしている。この原則を守るために、個人山行を集めた合同という形式の山行をTSMCは行っているのだ。


 現在、合同は年間4回(年末年始、GW、夏山、冬富士)と定められている。冬山シーズンへのからだ慣らしを目的とした冬富士合宿を除いては、サラリーマンが休みを取りやすい時期に設定している。このような時期には、会員の多くが山へ行くが、その山域を決め、皆でそこへ行こう、というのが合同山行である。


 わたしがこの合同山行に参加するのは、今回が2回目である。1回目はGWに雨にたたられ、またリーダーシップ不在の印象が強かった。


 わたしがTSMCに入会した目的は、山スキーを本格的にやるためであった。無雪期のことは特に考えていなかったが、沢登りや岩登りもできることは歓迎だった。先月は、黒部川の上ノ廊下を遡行でき、思わぬ大収穫だった。ひとりで、あるいは仲間うちで細々と山登りをしていたのでは、とてもこんな機会は持てなかっただろう。そう思うとTSMCに入会できてありがたかった。


 6、7月は岩登りのゲレンデへも何回か行き、フリークライミングにも目覚めた。高校の山岳部で遊びがてら石垣を登るトレーニングをしていたので、フリークライミングの基本はマスターしていたから違和感がなかった。


8月13日

八ツ峰六峰Cフェース剣稜会ルート(2級、Ⅲ) FM

8月14日

八ツ峰六峰Aフェース中大ルート(3級、Ⅳ+、A0) OY

八ツ峰六峰Aフェース魚津高ルート(3級下、Ⅲ+) OY、OH

岩はしっかりした花崗岩で気持ち良かった。

下山は集中豪雨の中を佐藤仁と欅平へ下った。途中阿曽原では温泉に入れて気持ちが良かった。夜近くのテントがふたつ連続で火事になり丸焼けになったのは驚いた。

富山に下山して、飲み屋で打ち上げをやって楽しかった。