TSMCには、コンペなるものがある。つまりは競技会で、わたしの好きな分野である。水泳、マラソン、フリークライム、スキーの4種目である。その水泳コンペが8月21日に予定され、その翌日は丹沢に沢登りに行こうということになった。
わたしは、どのような訳か、自己顕示欲が他人より旺盛なようである。そのため、集団の中で自分を際立たせることができないと居心地が悪くなる。そして、落ち込んでその集団から離脱していくか、あるいは、自分を集団の中で目立たせようと必要以上に無理をしてしまう。どちらになるかはその時次第である。
この悪沢(この名前も良くない)の沢登りでわたしは滝から滑落した。この事故は直接的にはわたしの力量不足によるものだが、力量を越えた試みをした原因はわたしの自己顕示欲の強さにあったと思う。TSMCに入会して半年ほどたち、会員の山登りの実力が大体分かった。そうすると、わたしは自分の実力が会のトップレベルであることを、会員に認めさせたくなった。新入会員の言うことに耳を貸さない古参会員に自分の存在をアピールしたかった。この沢登りに先立つ水泳コンペでは、わたしはあまりいい結果を出すことができなかった。そのことも手伝ってわたしは沢登りでは同行した会員に良い所を見せたい、という気持ちになっていた。数週間前に黒部川上の廊下をリードしたことが自信過剰の原因になっていたかもしれない。
箒沢の先のテント場に21日の夜遅くにつき、それから夜が更けるまで酒盛りをした。それで沢登りに行く朝は二日酔いで頭が朦朧とし、支度するのに時間がかかった。天候はメンバーの顔つきと同様に、まったくさえない。
目指す悪沢に入っていくとすぐにF2が現れた。誰がリードするか、という最低限の相談もしないまま、わたしはリードするつもりでさっさとザイルを腰に巻いた。自分のこれまでの経験から、この滝はリードできると直感的に判断した。
Oにビレーを頼み、まず滝の右壁を左にトラバース気味に登る。滝壺から6、7メートルの登ったところであまり効いてなさそうなハーケンにカラビナをかけザイルを通した。さらに滝身へと左上していき、水流が間近になったところで、岩が脆くて危ないと感じた。手が届くところに花崗岩に似た色の岩があり、ホールドになりそうだった。しかしその岩は滝に密着しておらず浮いていた。それを掴んだわたしはバランスを崩し滝壺に滑落した。登る途中で支点を取ってあったのだが、支点から数メートル進んでいたことと突然の滑落だったことで、Oはわたしの落下を止められず、わたしは滝壺まで一直線に落ちた。
わたしは一瞬なにが起こったのかよく理解できなかった。腰ぐらいの深さの滝壺にはまっていた。わたしは、みっともない、という気がした。すぐに立ち上がり、登攀開始地点に戻った。見ていた他の会員は、わたしが何か所か擦りむいたところから血を流していたので、気味が悪かったようだ。
わたしは参っておらず、やっちゃったー、くらいのことを言って、再度トライした。さきほど滑落した箇所もなんということもなく通過し、滝身を左にトラバースして、左壁を直上した。登っている時は夢中だったが、滝の上に着くと、緊張でからだがこわばっていた。
沢の上部ではルートを見失い、ヤブ漕ぎになった。半ズボンで来たわたしは、膝小僧の辺りが血だらけになった。
下山した後、中川温泉の信玄の隠し湯に立ち寄った。滑落したときの傷に、湯がしみた。
少しのことにも、先達はあらまほしきことなり