2021年4月20日火曜日

苗場山

苗場山(2145m)
小さい時から数えきれないほど何回も山登りをしてきました
それをとおしていろいろな経験をしました
それらはのちの山行で役に立ったりただ消えてなくなりました

今日はわたしの過去の山行きで経験したことのないようなことがありました
歩き始めから終わりまで一日中誰ひとりとも会わなかったのです

もっと奥深い山へ行ったこともありますが一日ひとと会わなかった記憶はありません
苗場山を登り終えたる頃にそのことに気が付きました

思えば4月は真冬と同様に山が静かな時期です

スキーシーズンの喧騒が去っていてもふつうに山歩きをするにはまだ寒い
巷は年度初めで学校も職場も落ち着かず山へ行く気にならない
雪深い山の林道はまだ除雪されておらずまだ閉鎖されている

そんなこんなでここ苗場山は静かなのです

秋山郷の小赤沢集落から車で林道に入りすぐに一合目を過ぎます
急な坂とカーブが続きますが除雪されているので登っていけます

三合目に向かう上の俣分岐に「通行止め」の立て看板が立っていました
ここに車を置いて徒歩で苗場山頂を往復することにします

7時に上の俣分岐(標高約1250m)から歩き始めました
三合目までは上り下りの少ない除雪された林道を30分歩きます
アスファルトの上にところどころ薄氷が張っているのでスリップ注意です

三合目に着きました
駐車場はまだ1メートル以上の雪の下です
ここから樹林帯の雪の上を地図を頼りに夏道と思ぼしきところ探しながら歩いてきます

急斜面になる手前でアイゼンをつけて小尾根に取りつきました
赤土の夏道が出ています
出発してから一時間ほど歩いたので休みます

風もなくさんさんと春の日が降り注いできますが暑くはありません

小尾根は木がまばらな平たい斜面に吸収されていきます
どこが夏道なのか判然としませんが時折木の幹に赤ペンキの丸印がありほっとします
針葉樹の林を抜けるとダケカンバがまばらに生えた斜面に出て山頂方向が見えました
山頂へのルートはここから二つに分かれます
光る急斜面を直登するか夏道沿いに緩めの道を行くかです
今回はピッケルを持ってこなかったので夏道沿いに行くことにしました
雪の上に落ちていた根曲がり竹を杖代わりにして結構急なところを上っていきました
するとひょっこりと平らなところに出ました
苗場山は頂上付近が平らなテーブルマウンテンです
晴れていれば迷う心配もありません
散歩気分で歩いていけます

苗場山の頂上はどこかわからないような平らな雪原の上です
おそらくここだろうと思われるところに10時35分に着きました
苗場山山頂から
帰りは雪の上に残った自分の足跡を辿りながら走るように下りました
頑張りすぎて途中で足がつってしまいました
足の痙攣が収まるのを待っているあいだダケカンバを眺めました
この頃ようやく今日は誰にも山の中で会っていないことに気が付きました
こんなにすてきな春山に誰も訪れてこないなんて...
足の痙攣が収まったのでまた歩き始めました
今朝出発したところに12時25分に帰り着きました
気持ちの雪山歩きでした


2021年4月7日水曜日

甲武信岳

三宝山
 
前夜は毛木平の駐車場で車中泊しました
広い駐車場に車は私の一台だけでした
駐車場わきのトイレは冬季閉鎖になっていました
4月20日ごろまでは山の道路や施設はまだ開いていないんです
なのであちこちの山はこの毛木平の駐車場のようにまだとても静かです

この駐車場に車を置いて甲武信岳を往復しました
あいにく甲武信岳の姿は山頂のほんの直前に至るまで見えませんでした
それで代わりに北側に堂々とたたずんでいた三宝山の写真を掲げました

毛木平から6時半に千曲川に沿いの道を歩き出しました
もう雪の無くなった地面の何かをシカの群れが食んでいました

一時間ほど歩いたところで休みました
木と岩と苔の生えた地面が秩序だった美しさを見せています
人の手が全く加わっていないからこそ美しいのでしょう

道に雪が出てきたのでアイゼンを付けました
千曲川の源流まであと2.1キロという標識があります

しばらく歩き、源流はきっと雪の下だろうと思い最後の流れを撮影しました

やはり源流と表示された場所は雪で埋まっていました

縦走路に出ると甲武信岳の山頂までは間もなくで10時20分に着きました
国師ヶ岳と金峰山がよく見えます

鹿島槍ヶ岳や五竜岳も遠望できました

大弛峠の上に甲斐駒ケ岳の頂が覗いています

三宝山の左手には浅間山が見えます

春風が吹き抜けるカラマツの林を抜けて13時10分に毛木平に着きました



2021年4月1日木曜日

霧ヶ峰

湿原脇の説明板にここの泥炭層は約1万年かかって8.5m堆積したと書いてありました
1万年前といえばヒトがそれまでの狩猟採集生活から定住生活へと移っていった頃です
八島ヶ原湿原
ヒトは定住するまで何百万年ものあいだあちらこちらを転々とする暮らしを続けていました
そのような暮らしのなかで環境に適応しながら現在の姿へと進化してきたのです
八島ヶ池
そのことを意識しようとしまいとヒトは石器時代の頃と変わらない動物なのです
こうして野山を歩いていて感じる心地よさはその証しかと思います
旧御射山(もとみさやま)遺跡
自分の意識が届かない遺伝子やDNAのレベルで太古からのヒトが息づいているのでしょう
表層の感覚よりもっとずっと深いところにヒトとしての自分があるということです
車山湿原への道
そのような理屈を離れてただこうして自然と戯れているだけでも気持ちがいい
ともにいまを生きている動植物を痛めつけずにそれができればなお嬉しい
蝶々深山(ちょうちょうみやま)
花一つ咲いていない枯野を歩いて楽しいか?
この枯野に春の胎動を聞き取るのが心地いいのです
車山から
それは難しいことではありません
ただ笹原のかたわらにしばらくたたずむだけです
すると春の気が自然と身体に入り込んでくるのです
美ヶ原遠望

八ヶ岳

蓼科山