海外遠征のためのトレーニングとして計画した山行である。K・Mの車で新宿を遅く発ち、167㎞走って広河原で仮眠する。(2:30)
6月1日 ピラミッドフェース
仮眠場所を発ち(7:30)、白根御池に荷物をデポする。(9:30)天候は曇りで、雲低が低く、今にも雨が落ちてきそうな気配だ。それでもバットレスの下部岩壁ぐらいならやれるだろうと、身軽になって白根御池を出発する。(10:30)
トラバースして大樺沢の二俣に着くと、沢いっぱいに残雪があるので一同びっくり。出発前はバットレスのルートのことで頭がいっぱいだったので、アプローチの状況まで神経が行かなかった。Wさんだけが登山靴で、とは全員靴底の軟らかい運動靴を履いている。雪の上を歩いているとビショビショに濡れてきて冷たいうえに、キップステップもできない。そこでWさんがステップを刻みながら、ずっとトップで登ってくれた。軟らかい雪なので滑落の危険はないが、運動靴は不安定で歩きにくい。
雲が低く沢に垂れ込めているので、D沢の出合が判然としない。それでも目をこらしていると、第4尾根下部ピラミッドフェースの取り付きが雪渓の向こうに、意外なほどの明瞭さで浮き上がってきた。(12:00)取り付きの手前で登攀具を着け、T-M、H-W、S-Kのオーダーで登攀を開始する。(12:30)
1P目は凹角から草付、2P目で左へトラバースし、3P目は横断バンドを目指して右上する。岩が脆い横断バンドまで取り付きから小1時間で来た。空から今にも雨が落ちてくる様子だが、行けるところまで行って、ダメなら下降もできる。メンバーの調子も、先々週の小川山でのハードフリークライムの甲斐あって、悪くなさそうなので、最後まで登ることにする。
4P目はバンドからハングを左に回り込む。5P目はフェースからⅤ級のクラック。6P目のフェースを左上し、7P目はフェースからバンドを左にトラバースし、細かいフェースを左上してクラック下まで。8P目は、またⅤ級のクラックから左に回り込み、赤っぽい逆送の岩をよじって、第4尾根主稜の2P目に出て終了する。(16:20)
ピラミッドフェースをフリーで登るには、2か所のⅤ級のクラックがポイントになる。ジャミングの練習をしておけばフリーで行ける。また外傾したスラブに立ちこむには、フラットソールの靴が欲しい。登山靴だとA0を使う強引な登攀にならざるを得ない。
終了点から40Mのアプザイレンで第4尾根取り付きのテラスに降りる。さらにCガリー側の踏み跡を、脆い横断バンドまで下り、そこから3回のアプザイレンでピラミッドフェースの取り付きに戻る。(18:30)大樺沢を転びつつ、日没と競争で白根御池へ帰る。(19:20)
6月2日
明日は雨になるだろうと、昨夜は焚火をして遅くまで宴会をした。しかし、今朝はまぶしい朝日で目覚めた。寝袋に入ったまま、テントから顔を出すと、バットレスが明るく朝日を受けていた。行くしかないので、朝食を腹につめこんで出かける。(8:45)
今日わたしは第4尾根の下部・上部フランケをHと登る。他の4名は第4尾根主稜を登るので、脆い横断バンドまでは行動を共にする。
今日もWさんが雪渓のうえにバリバリとステップを刻んでくれるので、あとの5人はアヒルのようについて行く。昨日とは打って変わって明るい雰囲気のバットレスを見上げながら、快適に取り付きへと向かう。とりわけ、昨日登ったピラミッドフェースは、すっきりした三角錐にいくつものハングをサイの皮膚のようにまとって、厚みのある姿だ。
ピラミッドフェースの取り付きを出発し、(10:20)横断バンドまでスムーズに登る。(11:00)今日はできれば下部フランケから上部フランケまで継続したいので、先を急ぐ。横断バンドから下部フランケの3P目が始まるのだが、焦りの気持ちからルートを間違えてしまった。3P目だと思って、A1を交えてようやく登ったのだが、こんなに難しいはずはないと思った。Hがフォローしてからアプザイレンし、また横断バンドまで戻る。そして改めて壁を見つめてみると、もっとDガリー寄りにシュリンゲが何本かぶら下がっているところがあった。ここが下部フランケ3P目の出だしのⅥ-だった。(12:00)ここを難なく越え、次のⅤ-のハングをHがリードし、あとはつるべで終了点まで登った。(14:30)
ここで第4尾根を登っているパーティーからコールがあり、お互いに終了したことを確認した。16:30までには白根御池に戻ることにしていたので、上部フランケへの継続は諦めて、昨日と同じルート下山した。
今回ルートを一旦間違えてしまった原因は、Dガリーと下部フランケの位置関係を見誤ったためだと思う。Dガリーの上部まで残雪があったため、下部フランケのルートを本来より右寄りだと思ってしまったのだ。今度の機会には、Dガリーの大滝から取り付いて、下部フランケと上部フランケをすっきりつなげて登ってみたい。
<総括>
梅雨前線がじりじりと北上してきたために、好天は望めなかった。「どうしようか」との声もあったが、ともかく行ってみようと出かけた。車で夜道を広河原に向かっていくと、「スーパー林道冬季閉鎖」の看板に何回か出くわした。またまた「どうしようか」の声があがったが、「その時はその時」とともかく行った。二俣から見上げた大樺沢は、びっしり雪に埋まっていた。運動靴で来てしまったほぼ全員は「ヤバイ」と思ったけれど、「我慢、我慢」と行ってしまった。
そうしたところが、うまいことに全員2本登れたので、上出来だったと思う。
しかし、ちょっと判断を間違えれば、天気が悪そうだから、林道が閉鎖だから、雪が多いから、行かない、ということにもなり得た。そして空しさが残っただろう。ギラギラする派手な闘志などいらないが、地味な粘りは心の隅に持ち続けたい。
シーズン開幕戦で、上々の成果を上げられたことは素直に喜びたい。しかし、これで慢心することなしに、さらに素晴らしい登攀ができるよう、自分にできるかぎりの、息切れしない程度のトレーニングを続けていく必要があると思う。
今回幸いにして登れた2本のルートも、けっして手中にできたなどと思ってはいけない。次はさらに満足のいくスタイルで登ろう、と思っていて丁度良いのではないだろうか。自分に力があるから登れたのではなくて、あの日は山がわたしたちに「登ってもいいよ」と微笑んでくれただけなのだ。