2022年5月30日月曜日

ブドウ畑をめぐる自転車旅 2

ヨーロッパとの往復に前回はアエロフロートを使いました
アエロフロートはエールフランスやKLMなどよりも自転車を安く簡単に預けられるからです
でもウクライナ戦争でアエロフロートはEU圏内を飛べなくなりました

それでエミレーツを使うことにしました
エミレーツも他の航空会社よりは自転車乗りにやさしいからです

往きはドバイ乗り換えでリヨンへ向かいます
成田を飛び立ち暗い中国、インド、パキスタンの上空を経てドバイの光の海の上に出ました
名だたる産油国UAEの主要都市とはいえ電気は使い放題という印象です(あくまで印象です)
この時点ではドバイがいったいどのような都市なのか全く知りませんでした
興味がありませんでしたし空から見ただけでは何があるのか分かりませんでした
その後ドバイを見知ることになるとはこの時は思いもよりませんでした

リヨン行に乗り換えるため空港内を歩いていると大きなお祈り室のサインが目にとまりました
乗り換えの待ち時間が長い(9時間!)のでお腹がすいてきました
せっかくなので中東の料理を食べようと空港の中を探したのですが見つかりません

仕方がないのでインドのマトンビリヤーニ風のものを食べました
これが量もたくさんあり味付けもほど良く美味しかったです!
まったく何を食べても美味しいと感じられるので幸せです
ドバイからは土埃のイラク、山に雪の残るトルコ、そして霞む黒海の上空を通過しました
放送もないし他の乗客も気づいてないようでしたがウクライナにほど近い所を飛んでいます
ひとりですこし緊張していました
黒海が霞んで見えました
ブルガリア、クロアチア、イタリア、そしてアルプスと越えていきました
アルプスを越えるまでずっと曇っていましたがリヨンに着陸する直前に晴れました
4年ぶりにリヨンに帰ってきました
自転車も無事に到着しました
受け取った荷物をゴロゴロ押して出迎え口にいくとドミニクが待っていました
成田や羽田では恥ずかしくてとてもできないだろう大ハグをして再会を喜び合いました

2019年6月にブダペストで別れた時は1年経ったらまた一緒に自転車旅ができると思ってました
ところが2020年5月にドミニクは心臓を手術してリハビリ生活に入りました
それと並行してCorvid-19のパンデミックが拡大し海外旅行はできなくなりました
それでも2021年6月にドミニクはジャンジャックと北フランスの自転車旅を敢行しました
その間わたしはどこにも行けないままでした
そして今ようやくまた二人で自転車旅ができるようになったのです

日が傾きかけたリヨンの空港にはドミニクの息子のジョナタンも迎えに来てくれていました
その車に自転車と荷物を載せてドミニクの家に向かいました
遠い土地でこのように迎えてもらえることの有り難さをどう言い表したらいいでしょうか?

家では奥さんのマリ=ポールが笑顔で待ってくれていました
相変わらず絵を描くのに熱中しているようです
葛飾北斎とポパイをモチーフにしたイラストが壁に掛けてありました
さっそく再会を祝してワインで乾杯しました
ドミニクは赤、マリ=ポールはロゼ、そしてわたしには冷やした白が用意されていました
料理はタルト・ロレーヌ、サラダ、チーズ、それにフルーツです

3年ぶりに人と話すフランス語はじつにもどかしい
いつまでも飲んで食べて話していたかったのですが12時も過ぎたので寝ることに...
とりあえず明日は休養と準備にあてます

コロナのコラム
成田空港はもちろんドバイ空港でも機内でもマスクの着用が呼びかけられていました
ところがリヨン空港に着くとそれがパタリとなくなりました
歩いている人もほとんどマスクを着けていません
ヨーロッパではみんなマスクはしていないというのは本当でした
わたしもフランスに入国したなり外してしまいました
それでもしばらくスーパーなどに入る瞬間に落ち着かない感じがしました