1986年8月2日土曜日

南アルプス大井川赤石沢 K、TH、T、K

 赤石沢という名前の沢は全国各地にあるが、南アルプスにも甲斐駒ケ岳の大武川の支流に赤石沢がある。しかし、この2つの赤石沢は、持ち味が非常に異なる。


 昨年夏に、大武川赤石沢の奥壁と前衛壁でハードな岩登りをした。花崗岩の壁は明るく、スッキリとしていた。ざらざらの岩肌にこすられて、カラダのあちこちに擦過傷ができた。照りつける太陽にあぶられ、ノドがカラカラに渇いて、コールする声がかすれた。クライミングで酷使した腕は、ひどい筋肉痛になった。


 一転して、今年の大井川赤石沢はどうだったであろう。水量は少なめで、受けたイメージがソフトだった。美しく磨かれたラジオラリアの巨岩に肌をひたとつけた時の心地よい冷たさ。透き通った水際を、ジャブジャブと水しぶきをあげて歩く爽快さ。うっそうとした谷間の木々の先の、限られた青空の奥に見えた赤石岳の稜線の清さ。ノドが乾いたら、足元の水を両手ですくって飲む。


 わたしは、岩登りと沢登りを天秤にかけて、優劣を論じるなどという愚は犯さない。ただ、山にひたりきりたいなら、沢登りという方法は素晴らしく良い。


THによる報告。


8月1日

 車で新宿発、2時間かかって、静岡インター着。運転を代わり、一路富士見峠を目指して、車を走らせる。峠道にさしかかると、なかなかのワインディングロードで、久しぶりに興奮しながら運転をする。井川ダムまで対向車が1台も来なかったのには驚いた。井川の部落を通って畑薙ダム着。(3:20)ダム脇の駐車場でマットを広げて、Kさんのワインを飲んで寝る。


8月2日

 7:00頃までぐっすり寝た。目覚めると梅雨明けの青空と、ダム独特の人工物に囲まれていた。椹島ロッジのバスで椹島まで行く。往復3,000円也。南アルプスは初めてなので、目に入るもの皆珍しい。人も住まないこんな所にこんな立派な林道と橋、トンネルにあきれているうちに、唐松林に囲まれた椹島に到着。ロッジ裏の椎茸のホダ木が並んだ登山道を登り林道に出る。カーブを1つ曲がると赤石沢に下るロープが張ってあり、河原に降りて朝食にする。(9:00)


 見た感じ水量が少ない。わたしが調べたどの記録にも程遠い。遡り始めると平凡な川原が続き、イワナ淵など気付かずに通り過ぎてしまった。斜め滝5Mが現れ、落ち口の渡渉が悪い。Kさんが飛んで渡りザイルを張り後続する。ここがニエ淵の核心部ではないかとKさんが言いだす。人が6時間かかっている所を、いくら水量が少ないといっても1時間はないでしょうと言いながら歩き出す。釜を泳いだり小さな滝を登ったり側壁をへつったり、全くあきさせない所だ。5M位の滝の落ち口が悪い。ここもKさんが飛び渡りザイル工作の後、後続する。(12:00)


 行動食を食べながら地図と遡行図を広げて、ここがニエ淵の核心部ではないかと話あう。ジャブジャブとゴルジュの中を行けば曲り滝と出合う。左岸のルンゼ状の草付を高巻き滝上部に出る。20M位行くと桂の岩小屋に着いた。(13:20)ここはフォールナンバーの写真で見たことがあったので、断定出来た。やっと自分たちが何処にいるのかはっきりしたわけだ。曲り滝もここに着いて断定出来たわけです。


 ビバークポイントとしては教科書通りの場所で、沢床より1Mは高く砂地で大岩に囲まれて、エスケープも簡単に出来る。もちろん焚き木にも不自由しない。過去の記録やガイドブックを読んで、初日はここまで来られればよし、と思っていた。ところが素晴らしく足並みの揃ったパーティー?なので、今日は計画通り北沢出合で泊まる事になった。


 残置ハーケンを握るA0のへつりを過ぎると長かったゴルジュ帯も終わり、北沢出合までは川原歩きに終始する。(15:00)


 北沢出合には工事用の真新しいビニールシートが捨ててあり今夜の寝床にする。KさんとKさんは釣竿を持ってきているので早速、取りだす。しかしKさんの竿が壊れていて圭三さん1人が釣りに行ったが釣果なし。焚き木を集め盛大にやる。飯を炊きながら飲み始める。滝本君、小林さんのザックから出てきたビールに感謝しつつ全部飲んでしまう。五目御飯の飯を食い終っても飲み続け、全酒量の3分の2を飲んでしまう。1人寝2人寝し、焚火と山深い南アルプスの山々に囲まれて幸せになって寝てしまう。


8月3日

 何時に寝たか覚えていないが、5:30に目が覚める。肌寒いので、前夜の火床をかき回し火を起こす。みんなポツリポツリ起きだして来る。飯を食い出発。(7:30)


 前夜の名残りをとどめフラフラノロノロ歩きはじめる。単純な川原歩きの後、両岸がせせり出しゴルジュっぽくなった所に大きく深い釜を持つ、門の滝があった。(8:30)ガイドブック通りに左岸より落ちる白蓬沢の滝の中段より取り付くKさんがトップ。残置ハーケンにビレーを取りながら登って行く。2番手にて取付く。ビレー点に着くとそのまま、落ち口のトラバースを確保してもらいながら通過。ザイルを解き、滝を上から覗くと、かなりの迫力がある。ブラブラしていると足元に行者ニンニクがあったので、今夜の味噌汁の実ができたと喜ぶ。


 みんながあがってきて、直ぐ上の河原で1本立てる。河原を行くと大きな釜を持つ滝に出合う。ガイドブックに巨岩の中を登るとあるところで、岩と岩の間に残置ハーケンがあり、ザイルを出していると、Kさんがザックを背負ったままで取り付くが、出口の穴が小さく抜け出られない。ザックを受取りザイルを渡す。するすると巨岩の上に出てしまう。ザイルを釣り上げる内に穴を抜けるが、抜けた上がかぶり気味で踏ん切りがつかない。ボルトとハーケンの残置がある。考えるよりはザイルと思い、ザックが全部吊り上がるのを待つ。ザイルを着け取付くとあっさり上がってしまう。後続もザイルを着けて登ってくる。この岩の上からは大ガランが見える。みんなバラバラで登り始める。(10:00)大ガランというよりも大ガラガラといった方が良い位に、不安定な土砂まじりのガラ場のトラバースである。


 先に着いた順に大岩の上で休む。みんな揃った所で行動食を食べる。岩のすぐ上にタイヤのチューブが捨ててあり、KさんとT君が泳いで遊んでいる。この辺りよりラジオラリヤの沢床が始まる。美しく不思議な風景である。朱色がくすんだような色で、濡れると鮮やかなアズキ色になる。古いお寺の風神雷神を思わせる縞模様の大岩や緑の釜のコントラストに、皆口々に、奇麗だとか、不思議だとか言いながら歩く。シシボネ沢出合にでると雪のブロックが転がっている。


 先には大ゴルジュの最初の滝が見える。確かに登れる滝ではない。シシボネ沢の枝沢を30M程登り大高巻きとなる。途中ザイルを出したところ1か所。アプザイレンが1か所。小1時間を要し、再び沢床に降り立つ。小雪渓沢、大雪渓沢を迎え、大淵の滝で大休止。(12:25)


 今日は、百間洞山の家までの計画だが、百間洞沢出合に泊ろうと言う話になる。理由は、焚火がしたい。誰もいない沢の中に泊まりたい。この2点で全員意見の一致をみた。裏赤石沢で百閒洞沢と間違えそうになったが、先に進む。途中岩棚にひっかかった小さな雪渓があり、みんなで釜に落そうとして躍起になる。石をぶつけたり、肩で押したり、流木をてこにしたりして、全部落してしまう。最後に滝本君が雪のブロックがプカプカしている釜を泳いでいる所を写真にとってTHE END。


 小さなゴルジュを抜け林に囲まれた、快適なビバーク地、百間洞沢出合に着く。(15:00)ちなみに裏赤石沢出合は、水量が2:1で裏赤石沢が少なく沢床も高い。百間洞沢出合は、水量が1:1で沢床は同じ位である。


 今日も焚火だとばかりに焚き木集めに精を出す。この頃より、笊が岳方面に絹雲がただよい始めていた。焚火を始めると風が出てきて積乱雲も出てきたが、気にするでもなく焚火をし、サラミやチャーシューを焼いて食う。味噌もそのあたりの葉っぱにくるんで焼いて食う。最後の焼酎をグビグビやる。白飯に行者ニンニクの味噌汁、佃煮で飯を食い、焚火を囲み、沢の中の最後の夜を楽しんだ。今晩も1人寝し2人寝してみんなツエルトの中に丸くなった。


 夜半1時頃より雨でツエルトの中が水びたしになるが、朝まで又寝る。


8月4日

 朝ラジオの音で目が覚める。天気予報では台風は南大東島付近とのことで、台風のせいではないなとか話しながら、行動食で朝食をすませ、出発。(7:30)


 雨の中なので慎重に行動する。いくつかの滝を高巻き百間大滝に出る。(8:30)左岸の小さなルンゼを詰め、落ち口にトラバースし滝上に出る。きびしい所はここまでなので、1本たてる。Kさんは、雨具がなく傘をさしてここまで来た。たいしたもんだ、と感心する。雨の中川原をジャブジャブ行く。二又になったところで小屋が見える。思い思いに薮をこぎ始める。最初にKさんが小屋に着き笛をピーピー鳴らしている。小屋のゴミに導かれて小屋のゴミ捨て場に出る。ポツリポツリと全員集合。(9:30)記念撮影後に小屋の中で休ませてもらおうとしたが、小屋番の言う事には、小屋の中が濡れるという理由で中に入れてもらえず、外で休む。

 体が冷えるので出発。百間洞幕営地でツエルトを被り、MSRで暖かく懐かしいオボスポーツを作り、飲む。(10:30)行動食を食べ体を暖めて出発。


 T、TH、Kちゃん、K、Kのオーダーで出発したが、百間平辺りから雨風が強くなりパーティーが前後バラバラになる。(11:00)そのまま赤石岳の頂上まで向ってしまう。


 頂上直下よりT君が寒さのために走り出してしまう。着いて行くのが精一杯で頂上に着く。こっちですよとばかり下り出すので着いて行ったが、避難小屋がみつからない。探してもない。T君がメタとツエルトを持ってますという。かなりまいっている様子なのでツエルトを被る。なかなか着かないライターにイライラしながらメタに火を着け、少しづつ燃やし続けていると、T君が、笛の音が聞こえるという。耳を澄ますと確かに聞こえる。コールを返す。又聞こえる。T君を残し再び頂上に向かう。途中よりはっきり聞こえ始めた笛の音に導かれ小屋の前に出る。3人とも避難小屋に居る。K氏とT君の所に戻り、小屋に入る。(13:00)


 小屋の中にツエルトを張りMSRを着ければ、ツエルトの中は真夏に戻った。あり余るKさんの味噌で何杯も味噌汁を飲み、やっと体が暖まる。


 1時間以上も休み、出発する。主稜を下り、椹島に向かって支稜にはいると風も雨も弱くなる。雨に濡れたお花畑をくだる。樹林帯に入ってホッとする。富士見平の手前で小休止し行動食を食べる。(15:50)持ってきたバターを出したが、カンカンでチューブから出てこない。Kさんのザックに着いている温度計を見ると8度しかない。主稜は、標高差と風速を考えると2度か3度、いや、もっと下がっていたかもしれない。


 後はルンルン雨の中を歩き、赤石小屋に着いた。(16:10)毛布とシュラフをつけて3,000円也。薪ストーブの廻りに陣取り、缶ビールで乾杯。ワンカップを飲みながら、飯を作り、Kさんの持ってきたオクラとみりん干しに感謝しつつ食事を終える。


 乾いて暖かいシュラフと毛布にくるまると久しぶりの屋根の下のせいか疲れたのかすぐに幸せな眠りについた。夜半満天の星に驚きながら又寝てしまう。


8月5日

 5時頃より起き始める。快晴なので椹島8:50発のバスを目指して下ることにする。(5:45)


 登山道は尾根沿いに下る。所々で展望が開け、赤石岳が、聖岳が、そして赤石沢がみえる。昨日の天気からは想像が出来ないような青空で、赤石岳、聖岳は初めて見る。ともかくドンドン下る。最後に無粋な鉄梯子を下り車道に出て終了。(7:45)


 椹島ロッジにて缶ビールで乾杯。バスが出るまでノンビリ待つ。小屋番がなんやかんやと話しかけてくる。話によると来年から北沢出合の取水口の工事が始まるそうで、あんたたちは良い時に登ったねと言われた。又もうすぐ皇太子の息子様が登山しに来るそうで、その為に林道、登山道ともにそちらこちらで、補修しているそうだ。


 9:00にマイクロバスが出発し、再び赤石沢に見参する。出発した時の流れからは想像できない位の水量に驚かされる。荒れた流れの荒川を見ながら畑薙第1ダム着。(9:45)濡れた物を全部広げて日に晒し、出発した時と同じ青空の下でノンビリ1時間ほどを過ごす。


 赤石温泉に入り、静岡でぶあついトンカツを食べて帰京する。