1986年6月14日土曜日

北岳バットレス

 この時期に北岳バットレスを選んで去年、今年と訪れたのには、いくつかの理由がある。ひとつは、暑くも寒くもない頃なので、心地よく3000M峰のクライミングができること。また、岩場の登攀が難しくなく、それでいて手応えがあるクライミングができること。そして、短いアプローチながら、BC適地にも恵まれていることなどがあげられる。これらはすでに先人が明らかにしてきたことではあるが、自分で実際その中で行動してみると、その尊さを感じずにはいられない。

6月14日 第4尾根下部フランケ~上部フランケ パートナーM

 昨年登り残した、第4尾根の上部フランケを、下部フランケからつなげて登る。


 昨年難渋した下部岩壁への雪渓は、今年は意外なほど軟らかく、さほど苦労しなかった。見慣れたピラミッドフェース下部の取付きに着く。いくつか他パーティーが先行しているが、その中に新入会を希望しているYの姿があった。ギャルとザイルを組んでいるので、冷やかし半分にコールすると照れていた。


 さて、下部フランケの取付きは、ピラミッドフェース下部の凹角から、バンドをトラバースし、Dガリーを3P登ったところである。去年はそれを間違えて、えらい目にあってしまった。徒然草に、「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」(52段)とあるように、わたしたちに頼りになるリーダーいたらなあ、と無責任に嘆いたものだった。それも今は昔、


 今日は颯爽とスタートする。(12:20)スラブ(Ⅳ-)をA0をまじえてパスし、クサビハングはフリーで越す。続く凹角も去年より余裕を持って越し、下部フランケのラスト1 Pを残して上部フランケへと左にトラバースする。トラバースでランナウトが過ぎるのは嫌な気分だが、2本ビレーピンが取れた。


 上部フランケには、T-Sパーティーが先行している。彼らは右寄りのクラックを登って行ったが、わたしたちはシュバルツカンテと呼ばれる左側のカンテを登る。難易度に大差はないが、快適さではカンテが一枚上のように思えた。カンテの最上部で上部フランケは終り、第4尾根のマッチ箱付近に出る。(15:20)


 マッチ箱のコルは渋滞を起こしており、その中にYパーティーもいた。昨年は雪がべっとり付いていたという第4尾根終了点から山頂への道も、今年はすでに雪は切れ切れになっていた。


6月15日 第4尾根下部ピラミッドフェース~第4尾根 パートナーT

 Tが今年7月のはじめからヨーロッパへ行くので、その前にどこかへ行きたいので、つき合ってくれませんか、というのが今回のバットレスの始まりだった。わたしはGW前後に体調を崩して、全く山に行けなかった。一方、Tは三ツ峠だ、小川山だと、足繁く岩場に通っていた。だから、今シーズンのからだの出来には差があった。それでも、わたしの良く知った北岳バットレスなら、宿題もあるし、行ってもいいよと付き合った。だから、厳しいピッチは、本場のアルプスを目指すTにお任せであった。


 予定では、下部岩壁はピラミッドフェース下部と十字クラックの間のバリエーションルートを登り、バンドに出たらピラミッドフェースルートに入り、第4尾根に出た段階でまだ時間に余裕があったら、中央稜へとつなごうと思った。


 下部岩壁の出だし、Tは脆い逆層の岩(Ⅴ-位)に冷や汗をかいた。(9:30)草付のバンドでピッチを切り、ホールドの細かいフェース(Ⅳ+)を経て灌木帯に入る。コンテで登るとすぐに横断バンドに出る。ここを直上すると第4尾根の取り付きだが、われわれは左にトラバースし、ピラミッドフェースの取付きへ向かう。


 スタートは脆いハングを左から回り込む。先行パーティーがいるし、天気は良いので、ゆっくり登る。ジャミングする部分が何か所かあるが、やや気力不足でA0を2、3回交える。最後のクラックは竹内のリードでA1になる。去年はもっと気が張っていて、スッキリと登った印象がある。(14:50)


 第4尾根は案の定混んでいた。マッチ箱で1時間順番待ちさせられる。日程は明日まである。今日は中央稜は割愛する。中央稜への下降点を確認したあと、第4尾根を最後まで登って山頂経由で御池へ下る。


6月16日 Dガリー奥壁~中央稜ノーマルルート パートナーT

 今日はきっと誰もバットレスに取り付かないだろう。月曜日だから。けれど天気がいまひとつで、雨がぽつぽつ落ちてくる。梅雨入りももはや目前である。行こうか。止めようか。行こうか。止めようか。しばらくTとはっきりしない会話をしたが、結局惰性的に行くことになった。大雪渓を登っていると、時折雨がザーっと降ってくる。もうやめだ、などといっているうちに、晴れ間がのぞいてくる。そうこうしているうちにDガリーの下端まで登ってきてしまう。どうやら天気はもちそうなので、予定通り行動することに決める。(9:20)


 コンテでDガリーをずんずんつめていくと、ハングに突き当たる。スタカットにかえて、ハングをよけながら右上したら、左側に赤っぽいスラブが見えたのでルートを誤ったことを知る。クライムダウンし、Tとトップを代わる。Dガリーの最初のハングはⅤのフリーである。Tによると、ハングよりもそのあとのスラブのほうがピンが無くて恐ろしかったとのこと。ストッパーがあるいは有効かと思う。続くピッチは、ちょうど足をこじ入れられるくらいのきれいなクラックがまっすぐ走っている。もちろん足は痛いが、それもまた快感である。ザイルをズンズン伸ばしたあと、右により第4尾根に出る。(11:20)


 第4尾根を1P登って、中央稜への下降点に立つ。ここから雨が本降りになり、岩がみるみる濡れていく。これから中央稜を登るのかと思うと、3日目の疲れもあって、やや気が重い。


 Cガリーには2回のアプザイレンで着く。ザイルを回収する際に、どうしても落石を誘発してしまう。Cガリーは雪渓になっていて、それが中央稜の取付きまで続いている。堅雪ではないが、急斜面なので四つん這いで歩く。やっと取付きに着いた時には、指先がしびれていた。ピッケルがあると気が楽だろう。


 中央稜ノーマルルートの取付きは、大ハングルートのすぐ右あたりだが、そこへ行くには、さっきよりもっと危うい雪渓を越えて行かなければならない。それは危険度が高いので、Tの意見をいれ、直上するリンネにダイレクトに取り付く脆いフェースからスタートする。(12:15)


 責任払いという訳でもないが、Tにトップを頼む。Tは石を落さないよう、慎重に登って行った。リンネがスラブ状のハングに変わるところでピッチを切る。つぎのピッチはまず右にトラバースし、第2ハング(A1)を越え、右端のリッジに出てビレイポイントとなる。そこからはリッジ沿いに慎重に2P登り、さらに浮石の多い箇所を抜けて終了点に着いた。(14:10)


 頂上直下のCガリー奥壁が、ガスに巻かれて意外な迫力をもって佇んでいる。いつかここをフィナーレにした継続登攀をしてみたい。